.net.amigoココログ跡地2007~

まとめ・文字起こし+ココログ過去記事集

アンタウォッチマン 芸人とラジオ 伊集院光、小西マサテル、冨山雄一 

ナインティナインのオールナイトニッポン

伊達:ナイナイさんのラジオ、お聴きになったことは

伊集院:怖くて聴けない。絶対感化されるから。むしろ、初めてやった人のラジオは聴けても、ナイナイちょっと聴けない。ナイナイのすごいのは、2部で始まったんだけど、すぐに1部に行くんだろうな、と。その時代のトップの、めちゃめちゃキテる人。自分たちはたたき上げだから負けたくなかった、というのがあるんだけど、むしろ今考えると異常なスケジュールの中、ナイナイはラジオをやっていた。よほどのことがない限り生でやるって決めて。あの年月ずっとラジオのスターのまま。クオリティーの高いラジオをずっとハードスケジュールの中やってることって、ちょっとヤバい。レベルが違う

ラジオには2つのスタイルがある。構成が選んだメールやはがきを読むタイプ、途中まではがきを読んだところで「あれ?ちょっとトーンが違う。これ笑えないわ、笑えないじゃん」このやり取りも面白い。このやり方は時間がない人もできる芸人ラジオ。でも岡村さんはそうしてない。下読みをちゃんとして、矢部君やスタッフの反応を見ながら。スターがあれをやるのはすごい大変。

小西マサテル

94年4月に始まって、たぶん7月から1部に上がる...満を持してオールナイトという感じでしたよ。こんな構成作家いるかなと思ってたら、1番最初に岡村君が会議に来ていた。自分でコーナータイトルやら内容を考えて、コンビニでコピーして持ってきていた。ボツになったらムッとする、みたいな。本気も本気。めちゃめちゃ忙しかった。ほとんど寝てなかったんじゃないですか。矢部君のほうはたぶん、1週間に1回相方と向き合って(ラジオを)距離感を測る指標にしていた。ツッコミのやり方、強さをテレビで活かす。クールな計算をしていた。

冨山雄一

楽屋には毎週はがきが積まれている。岡村さんがネタはがきを見るので。何時間も前に入って1つ1つに目を通すして、どういう言い回しで読むのが1番リスナーに届くのか、ここにBGMが入ったほうがいいんじゃないかとか、どの順番で読むか。結構細かく打ち合わせをしている

爆笑問題カーボーイ

太田:最初特番でいくつか番組をやっていた
田中:お試しでね
太田:オールナイトニッポンも決まりかけてた。TBSとオールナイトのパイロット版をいくつもやってて、どっちが先に決まるかという状態で、TBSが先に決まった。

田中:いわゆる深夜の1時~3時の枠っていうのは、当時UP'S。お試しみたいなんでなんかちょっとやったんだな。それでそのまま流れで毎週やることになった。テレビも出たいという思いはあったけど、とにかく1番最初のきっかけはラジオ。

太田:そう。我々世代は全員そう。たけしさんのオールナイトニッポンで衝撃を受けた世代。ツービートの漫才、THE MANZAIよりも、オールナイトニッポンビートたけし。腹抱えて笑った

田中:僕はもともとラジオが好きで、ラジオのアナウンサー、ディスクジョッキーになりたかったんですよ。中学ぐらいの時から。今日朝起きて天気がどうだったとか...

生島ヒロシのものまねwともかく2人のラジオのスタイルが違い、攻防戦があった。来週もラジオの特集。録画しといてよかった。TVerいつまで見られるかわからんし

関連

時おりBSは特集を組んでた/鶴光、ビートたけしオールナイトニッポン育ち。芸人はうんこ、便器にへばりつくは記憶にある。爆笑問題カーボーイ、出産当時の深夜の友だった25年前。今は日曜サンデーもよく聴く(※放送されない地域なのでエリアフリー、タイムフリー。ありがたい時代になった)

アナザーストーリーズ オールナイトニッポン あのねのね ビートたけし 佐久間宣行 - 別館.net.amigo

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熱血テレビ 斎藤工インタビュー シン・ウルトラマンと山口県への思い 庵野秀明展 

斎藤:佐々部清監督という、2年前に亡くなってしまったんですけども、心の師匠というか。映画に関しても、人生の先輩としても、本当に尊敬している。佐々部さんが山口県ご出身で、山口を軸に活動されていたので、地域として、とても特別な思いのある場所なんですけど

※舞台は岡山の「種まく旅人 夢のつぎ木」
映画『種まく旅人 夢のつぎ木』公式サイト

【追悼】佐々部清監督によせて、マニィ大橋さんのメッセージ/チルソクの夏 - 別館.net.amigo

上田:佐々部監督はじめ、映画を愛している方もたくさんいらっしゃいますよね。その中の一人である、庵野秀明さんの企画「シン・ウルトラマン」主演と決まった時の心境を、お聞かせください。

斎藤:そうですね、やはり驚きましたが”ウルトラマンになる男”という概要だったんですね。僕が思うウルトラマンを演じるというよりは、庵野さん、樋口監督、いろいろな方の思う、自分のウルトラマンを照合させた、相対的な象徴に向かう...自分一人で背負い込むということではないと、最初の段階でかじを切った。

上田:映画の見どころは

斎藤:僕がこう思うというのを言語化しすぎないほうが見る方にとっては「シン・ウルトラマン」をより純度高く楽しめる。味わえることにも気づいてしまって。この作品は映画館、映画館で見てもらうために生まれた映画だなということを、今日強く感じました。

上田:コロナ禍っていう現状もある中で、感じるパワーがあるでしょうね

斎藤:そうですね。みんなの希望みたいなものがなかなか見えづらい、難しい時代に差し掛かっている中、この作品が一筋の光、希望になるんではないかと。今僕らが向き合うべきダイバーシティの、新しい世界に向かう、今こそ必要なテーマを今日見てたくさん感じました。

庵野秀明展の音声ガイドも

斎藤:庵野秀明の頭の中をのぞくつもりで。そうすると「シン・ウルトラマン」もより深く味わっていただけるんじゃないか

上田:斎藤さんがつとめられた音声ガイドを通して、庵野秀明さんを楽しむには

斎藤:僕自身の実体験なんですけど、まずはあまり分解せずに、1回プレーンに、思うがままに味わう。東京で開催された時も、行って、まず味わって、2回目は文字を細かく読む。より深く世界に入る。その時まだ音声ガイドを録る前だったんです。さらに原稿をいただいて、さらに明らかになっていくことが、ナレーションをさせていただきながら、驚愕の事実がたくさん原稿に書いてあって...余裕がある方は、第3形態、3周してもらいたいと思います。より深くにたどり着く

冒頭笑った

上田:わぁ、斎藤工さんだ(ぴょんぴょん)
斎藤:リハーサルしたんですか、そのリアクション(笑)

上田:24年間の中で一番ドキドキしているかもしれません
斎藤:さりげなく年齢を発表するという...
上田:24歳の上田です
斎藤:40歳の斎藤です

※収録日は5月2日。完成披露報告会の日。上田ちゃん、息子と同い年なんではしゃぎようはわかる。NHK山口の条谷アナはおぼん・こぼん(※真打ち競演。その後は鎌倉殿の13人トークショー松平健山本耕史...行きたい