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まとめ・文字起こし+ココログ過去記事集

爆報 杉浦幸は大沢逸美が嫌い 田原俊彦×三原じゅん子 

杉浦幸「ワタシは大沢逸美が嫌いだった。目の奥の笑ってないのが いつも嫌でしたね」

本人を前にして「ぶっちゃけ嫌いでした」

 

ヤヌスの鏡」現場での無視

あ、ふたりともホリプロだったのね。初めての収録で「もうちょっと早く来るべきじゃないの」と言ってた逸美サン。杉浦サンが挨拶してもガン無視。以来、近くに寄らなかった。
 
格闘シーンでNG連発
殴り合いのシーンに苦労していた。撮影は深夜までかかった。
「目の奥が怖かった。こんな大人にならないようにしようって。あの人のこと好きな人少ないんじゃないですかね」


46歳と43歳の再会ねぇ。

昔嫌いだった人に会いたいとは思わないなぁ。大人だねぇ。
互いが互いを「思い切り怖い」ってそりゃそうだ。アナタ過去忌み嫌っていたやつに会いたい?やだねアタシは。
「大嫌い」って言えたら気持ちが楽になるけど、言われた方はキツイ。
 
大沢 アタシ昨日から正直不安で。何言われるんだろうって。嫌いじゃないけど、後輩としてかわいいとかはないよね。「杉浦さん」って感じだった。杉浦幸って名前を聞いた時はグラビアですごい見て「うわっ かわいいこの子」第二の菊池桃子ちゃんだ。もう幸ちゃん、何かあったらお姉ちゃん守ってあげるからってのはないです。まったくない。
(ぶっちゃけ大嫌いでしたと聞いて)あ、そう。・・・嫌い。

杉浦 殺陣とかやってるじゃないですか。NG出して目の奥がちょっと怖かった。
だからあたしの中では、心の奥で何考えてるかわからない
 
大沢:なるほど。アタシもね、強く見えるじゃないですか。結構ショックです。人から嫌いって言われて あ、そうって受けられる人あんまりいないよね。よく言えるよね。ちょっとはムカッて来てたのかな。ほんとは私も、仲良しになってたら殴り合いとかできなかった。にらむのも。お互い演技浅いしね。「ヤヌスの鏡」でよかった。
 
逸美サンは母親の介護経験がある。あの眼力は芯の強さ。
追記:2013.3.1
芸能人生をなげうった10年間 で母親との介護生活で収入激減のエピソードが。介護保険制度の施行(2000年~)で介護福祉士を頼むようになったが、当時人手不足の現状で家政婦さん→ヘルパーの流れがあり、結局転移性がんにもなってしまって自分が看る生活に戻ったとのこと。母の死後遺言を見つけた。手も動かせず目も見えない母が「ゆいごんです。すごいくろうおしましたが にんげんのしあわせをたくさんいただき、いまはさいこうです・・・よき大沢逸美の人生であることをお祈り申し上げます。大沢逸美 ありがとうございます」
介護があったから絆が取り戻せた。
思いやりを持てる人間になれた。人間を変えてもらった。
自分が気持ちよく過ごせる老人ホームを建てること。
※介護の苦労については、かなり前、読売新聞でも取り上げられた。
この日の放送で比企理恵×いとうまい子×伊藤かずえの再会も。
比企サンが「不良少女と呼ばれて」で「なんであんなド新人が主役なのよ!」と台本丸めて投げつけたなんて恐ろしい話も。
2014.2.25 

2.24放送:有吉ゼミ感想もここに
何かと濃い1時間だった。
杉浦幸のもとへは「ここだけの話、諸星君と付き合ってんの私」
そんな女優やアイドルが複数いたんだって話、
中村繁之坂上忍を超えるかもしれないキャラってことや
(←元タカラジェンヌの彼女がいるけど、これまで
「片手にソーセージ食いながら『おかえり』と言われたり
晩御飯にレトルト出されそうになっただけでキレて
「俺が作る!!」となり結局別れたって話を披露)
伊藤つかさの作ったカツ丼が酷過ぎる件など。
(←ウスター+めんつゆ+オイスターソースに肉を漬け込み
鰹節をまぶして揚げ焼きしたものを飯に乗せたら
料理研究家がクソまずがってた)
川上麻衣子坂上忍の家に泊まったことがあったんだねなんて過去が
完全に霞んでしまう1時間であったぞ。

中村繁之といえばサンデーズ、イーグルスであり「熱っぽいの!」

慎吾ちゃんに手紙が
わたしにとって慎吾さんは 会えなくても
とても近く深いところでつながっているような 私の一部みたい
4月には撮影で日本に帰国します。会いたいです。

 三原じゅん子キター

「燃えろアタック」の映像まで出たぞ

バラエティ解禁なんて言ってるけどサンジャポは違う?

また芸人コアラを出すか。コアラってなにやってんだ今。
2度の結婚もいじめの過去も承知なんだこっちは。金八フリークとしては見てしまいますなぁ。

(いじめは)私ひとり対学校中が敵
金八の時も女子に無視されていた


昔、80年ごろのセブンティーン特別編集たのきん特集
(←裏表紙がマッチのロッカッキーのやつ)
なくしちゃったんだけど、あれにさ
「なんかみんな、キャーキャー騒いでたみたいだけどアタシは参加しなかったわ」って山田麗子サンがおっしゃっててキャラだと思ってたんだけど、ハブられてたってわけですね。
27年目にして知る真実だなぁ。
女子からのやっかみで浮いた存在だったんだ。
 
誰か助けてくれ、って思ってたけどおおごとにはしたくなかったし。全部見抜いてて助けてくれたのがトシちゃんだったのかな。
撮影現場での女子のいじめを見るに見かねて「もうやめなよ、みんな仲間なんだから」と仲を取り持つ。
驚きの方法で私生活のいじめをやめさせた。「山田麗子」の格好で登校した話はずっと以前波瀾万丈で言っていた。

トシちゃん:恋はしたような しないような。チュウぐらいしかしてない
三原:だぁいすきでした

最初の結婚で妊娠した時思いだしたのは金八「15歳の母」の時のセリフ。
「二億数千飛びこんで行った中で 島の真ん中で待っている卵子
しっかり抱き合ったモノ それが一つの命。 それがおまえたち。稀にしか生まれなかった命を粗末にするな。どうぞ大切にしてください」だが流産。
苦しみから逃れようと10日後レースに出た。大クラッシュ事故を起こし1カ月の重傷。
8年後に離婚。
ほめてもらったり甘えさせてもらったりしてほしかった。最初の方は亭主関白だった。

だからコアラっていまなにやってんだよ。「じゅん子にコアラの子」って見出しは一体。そして2度目の流産。おなかの中で赤ちゃんは死んでいた。あの時ほどイライラしていたことはなかった。心身のバランスを崩した。2度目の離婚。
44歳の時、子宮に腺がんがみつかり、全摘出。
「この地球上にあなた要らない人」と言われたようで。
転移の可能性もあると宣告された。
武田鉄矢が救った。
先生から学んだことは大きかった。
舞台に打ち込み傷をいやしてほしい思いがあった。
「皆 いつかは通る道なんだ。それがじゅん子の場合は少し早く来ただけなんだ。大丈夫だ」金八つぁんも大病をしていた。
その後はご承知の通り。

2014.10.18
爆報の最後らへんで三原じゅん子とのデートの待ち合わせにブルー(赤?)のジャケットで派手派手に現れたトシちゃんの話を披露。