とにかく稀有なボーカリストと思いますね。日本にもこんなボーカリストいたんだ、彼らがプロになったときにどうしようかと思いました。
小田和正:赤い鳥はボクにとって大きな存在だった。彼女と歌うときに演奏する楽曲のクオリティがここまではいける、というそういう信頼を持ったアーティストだと思います
財津和夫:無表情で歌うんですけれど 説得されちゃうんですよね。彼女は変わらずいい声でやってるのがすごいと思うし同時代の戦友。
冷たい雨
ユーミンでも潤子さんでもどちらも好き。前者はどしゃぶり、後者はしとしと降る雨を連想させる。違うかな。
「翼をください」中学時代合唱コンクールで歌わされた。生徒じゃなくて先生の指定した、課題曲だったと思う。80年代からずっと音楽の教科書に載っている。もちろんうちの坊主(中2)の本にも。
潤子さんは高2でPPM(ピーター・ポール&マリー)に出会う。
ギター2本とベース、女性でも低いアルト。衝撃を受けたと同時に自分も表現する側に回りたくなった。なにしろコンテスト(ヤマハ)のトップバッターで緊張せず
達成感があり 今死んでもいいやっていう。(卒業写真は)詞の持つ力がすごいなぁとおもいつつ歌ってた。難しいんですが。
「海を見ていた午後」のモデルとなった喫茶店へ。
ソーダ水の中を貨物船が通る、とか女の子らしい歌詞はそれまであまりなかった。歌詞の中に「紙ナプキンにはインクがにじむ」実際書いてみて滲まないんだけど、涙で滲む情景が浮かぶ。
海を見ていた午後
卒業写真
高校の卒業式。「卒業写真」はハイファイセットのバージョンがお手本だった。2月の今頃から式まで、登校するたびに校内放送で流れた。1986年ごろの話だ。
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J-pop 青春の’80 参照