.net.amigoココログ跡地2007~

まとめ・文字起こし+ココログ過去記事集

さよなら児玉清。アタックチャンスはもう聞けない。

娘さんは、99年のクリスマスイブに胃がんを宣告された。3年後に亡くなっている。当時4歳の子どもさんを遺して、だ。数年前に出た「徹子の部屋」で、時折声を詰まらせながらその話をしていた。

朝からずっとワイドショーを見ているが、テレ朝が10分足らずと案外あっさりしたものだった。「アタック25」は36年も続いたのに。ま、お昼の番組でてくれるんじゃないかなと思うのであとでまた書くかも。日テレ「スッキリ」の方が長かった。

あ、竹内まりや「幸せのものさし」ジャケの切り絵は児玉さんだったのね。

そして、案の定華丸大吉が出ていたが、児玉さんがアタック25で「その通り!」と言うと客席からクスクス笑い声が聞こえるので、近年は「正解!」と言いかえるようにした、というエピソードを披露してましたね。(息子さんは華丸さんと同い年の41歳。現在は俳優業を引退し、モデル。北川大祐。)アタック25 参照

土日は留守がちなのだが、家にいるときは必ず「週刊ブックレビュー」「パネルクイズアタック25」を見ていた。ブックレビュー、一番最後に見たのは「東京ポッド許可局」紹介の日だったな。あれ、司会者でありパネリストでありコーディネーターのような、そんな役割だったなと思った。で、確かに「龍馬伝」も見ていたのだが、ドラマでの印象と言えば、「素顔のままで」での安田成美の父役がなぜか強烈だったりもする。他にもたくさん出ているのになぜだろう。

あらためてyoutube検索していたら、「テレホン人生相談」にも登場されていた。(参照

長寿番組と言ってとっさに思いつくのは「笑点」(45周年)「徹子の部屋」(35周年)アタック25」(36年め)「新婚さんいらっしゃい」(40年)あたりか。うち3つが日曜の番組だ。探せばまだあるのかもしれないが。

先週末のツイッターで、「児玉清さん当面休養」というのを見かけたが、もうその時は危篤状態だったのかもしれない。

もうあの声は過去の動画でしか聞けなくなるんだな。

足湯して 昔ははるか 夢の中

追記:テレ朝、Jチャンやスクランブルで、実に丁寧に児玉さんのことを取り上げてましたね。アタック25の時も、客席にアメを配ったり、華丸大吉の「不正解者にも優しさがあった」旨コメントや、現在の7代目のアシスタント、加藤明子アナによれば「最後に見舞ったとき、病室に来た人一人づつと握手をして別れた」とか・・・。番組サイトにもその死を悼むメッセージが(参照

ところで、現在どなたかがピンチヒッターで「アタック25」をされていることに関し、非常に否定的なコメントを某サイトで観た。今そんなことを書くもんじゃないと思うのよ。そういうので思い出すのが、ローカルな話題で恐縮だが、こっちの熱血テレビで井上雪彦氏が現役のまま亡くなった時のことを思い出したね。あの時も高橋アナや福谷アナに「役不足だ」などと言っている人が居たが、そりゃぁ言うもんじゃない。それに似たようなもの。そりゃ誰かも言うように華丸大吉が後釜を務めたっていいけれども、プロのアナウンサーを否定するような書き込みはよくない。

追記(5月22日):追悼番組、見てました。福山雅治さんが、児玉さんを見舞ったとき「(長崎の)びわゼリーが食べたい」とおっしゃられ、手配して届けたところ、3個もたいらげたとか。その後容態が悪くなったという話をましゃが言ってた。

昔の「芸能人大会」があり、当時のゲストに藤田まこと石坂浩二さんたちがお出になってて。石坂さんも「あの時、引っ張ってても病院に連れていけばよかった」と声を詰まらせながら語ってました。

番組最後、25枚のパネルすべてに児玉さんの写真が並ぶ演出は、ずっと記憶に残ると思う。

追記(7月6日)17年前、60歳で、また、6年前出演の「徹子の部屋」にて。

旅を快適に過ごそうと思うあまり、手荷物が多いこと。

原書を寝ころんで読むこと。

そして、小沢征爾さんや徹子さんをモデルにした切り絵。

「HERO」出演を渋ったが、娘さんに「四の五の言わずに出なさい」と言われ、オファーを受けた話。

娘さんは、意識が混濁するのが嫌でモルヒネを拒んでいた・・・

途中で言葉が詰まって、お話が続かなかった、と徹子さん。